ジョージ・マロリーは1923年3月18日付ニューヨーク・タイムズの記事で「Why did you want to climb Mount Everest?」との問いに対し、「Because it's there.」と答えている。
「そこに山があるから」といった誤訳で記憶している方も多いと思うが、「それ(エヴェレスト)がそこにあるから」が正しいマロリーの言葉だそうです。
本書はマロリー自身が実際に亡くなったエヴェレストを舞台とする山岳小説。
もとは集英社から出版されていましたが、映画公開に合わせて角川からも改題した本作が出版されました。さりげなくタイトルも改題されており「エヴェレスト」が追加されているんですね。
ちなみに、わたしは登山経験がありません。
もとから歩くのがあまり好きではなく、さらに傾斜のある山を登っていくなんて考えられない苦行!!だけども、本書と新田次郎の「孤高の人」、「銀嶺の人」の山岳小説3冊が無性に好きで何度も読み直しています。登山のことなんてちっともわかりませんが、これらの本を読むたびに主人公たちの山に対する生き様、まさに「命を懸ける」その行為に感銘を受けます。
本書は登山家である羽生丈二が前人未到の「エヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂」に挑む姿を描くストーリー。これに絡めて冒頭で紹介したマロリーにまつわるミステリーも独自の答えが描かれています。かの名言で有名なマロリーですが、彼にまつわるミステリーもあるため、Wikiを読んでみると登山を知らない方でもロマンを感じるかもしれません。
山を知らない人からすると主人公・羽生丈二が挑む「エヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂」がイマイチどれほどすごいのかピンとこないでしょう。
エヴェレストの標高は8,848m。
標高8,000m以上はデスゾーンと呼ばれており、酸素が地上の約1/3。それに加えて外気は常に-20度を下回り、風速20km/hの強風が吹き荒れる地獄。頂上付近では時速300kmを超す強風も吹くそうで…。強風でふわっと山肌から体を引きはがされて、滑落死も。こんだけ標高があると人間の体は高度順応もできないそうです。
文字にするととても空虚ですが、こんなところに一人で酸素ボンベも用意せず、しかもわざわざ寒い冬季に登ろうってんだから、とんだ大ばか者ですね。
誰もが無理だと思うこの挑戦を、羽生丈二は虎視眈々と異国の地で何年もかけて準備し、挑んでいくわけです。作中に出てくる彼の手記がエヴェレストの過酷さを如実に表していますが…それは本書を読んでみてください。
われわれは「一生懸命」という言葉をよく口にすると思いますが、山屋たちの山にかける思いはまさにその言葉を体現しています。スポコンではありませんが、たまにこういう熱い作品に触れると自分の奥底で忘れ去られていた何かが目を覚ます、そんな一冊です。